【目的】
牛久沼漁業協同組合では、地域の子供達に魚類を身近に感じてもらうため、
児童生徒による牛久沼への「ウナギ稚魚放流」等を毎年実施してきた。
魚の放流体験に続き、
将来は安全で楽しい釣り公園的整備を充実させ、通年型魚釣り体験の
できる場所と魚を提供し、淡水魚食育体験へもつなげたい構想である。
ホンモロコは、琵琶湖・淀川水系を原産地とし、琵琶湖における漁獲高激減と美味ゆえに商品価値
も一層高まり、近年、各地で養殖されている。
その高級魚ホンモロコを、通年型魚釣り体験の対象魚とし自家用安定供給するため、
全生活史を管理して種苗生産を行う基礎的データ集積が求められるなか、今回は
産着卵のふ化管理・仔稚魚の養成・親魚の越冬・親魚の産卵誘導と種卵生産までの一貫した養成を試行した。
【方法】
試験に用いた陸上池は、茨城県牛久沼畔にあり、縦×横×深さはそれぞれ、
5m×6m×2m(常用水深1.8m)、水容積54.0m3の素掘り遊休池
である。
陸上池の上空と周囲は開放で、遮光用・鳥獣侵入被害防止用のネット、及び
溶存酸素量改善用ばっ気装置等は設置していない。
事前にポンプにより陸上池の排水を行い空とし、生息していた魚類・甲殻類は
系外へ除去した。
この陸上池へ牛久沼より沼水をポンプアップ注水後、試験池(止水)とした(fig.02)。
fig.01 産卵基質(キンラン)に産着された受精卵 fig.02 試験池
初回は、2007年04月16日(月)、茨城県内水面水産試験場より、
茨城県内水面漁業協同組合連合会を経由し下付された、産卵基質(キンラン)
に産着された受精卵(fig.01)を、試験池に収容した(fig.02)。
同様に第2回は、2008年04月28日(月)、茨城県内水面水産試験場
より下付された、産卵基質(キンラン)に産着された受精卵を、試験池に収容した。
仔稚魚・成魚期を通じ(2007年05月〜2008年05月)、人工飼料
(日清丸紅飼料株式会社製・コイ稚魚用EP−1)を1日1回、250mlを手撒きで
水面投与し期間中の投与飼料総量は20kgであった(fig.03-04)。
fig.03 人工飼料 fig.04 人工飼料外観
【結果01 2007 production fish.】
●2007年04月18日(水)に発眼卵を検鏡したところ、発生は順調で
あると認められた(fig.05)。
●2007年04月20日(金)に発眼卵を検鏡したところ、発生は順調で
あると認められた(fig.06)。
●2007年04月23日(月)、試験池の産卵基質(キンラン)に産着卵が
見当たらず、ふ化した模様。
fig.05 2007年04月18日発眼卵(顕微鏡写真) fig.06 2007年04月20日発眼卵(顕微鏡写真)
●2007年04月24日(火)、試験池のプランクトン調査を実施し、ダフニア・
ケンミジンコ・フクロワムシ属の中型プランクトン及び
デトリタスを確認したが、ふ化仔魚の初期餌料に適する小型プランクトンは
観察できなかった(fig.07-10)。
fig.07 ダフニア(顕微鏡写真) fig.08 ケンミジンコ(顕微鏡写真)
fig.09 フクロワムシ属(顕微鏡写真) fig.10 デトリタス(顕微鏡写真)
●飼料の手撒き水面投与後、ホンモロコが水面下に集まり摂餌する様子を観察した。
●2007年に、取揚げ及び利用並びに製品出荷等をせず、全ての養成魚を試験池で越冬させた。
●2008年04月下旬、試験池に投入設置したカゴ網で、腹部の膨れた
ホンモロコ20尾を試験捕獲(調理試食)し、抱卵を確認した。
●降雨による試験池の水置換が予測されたため、試験池に産卵基質(キンラン)を水面設置した
ところ、2008年05月02日、親魚の初回産卵を確認した(fig.11-12)。
前日(01日)の天候は晴れのち曇り、当日(02日)は雨、翌日(03日)は雨であった。
●2008年05月06日、試験池に水面設置した産卵基質(キンラン)に
親魚の第2回産卵を確認した(fig.11-12)。
fig.11 親魚の産着卵 fig.12 親魚の産着卵(全景)
●2008年06月16日、試験池に投入設置した四つ手網で、ホンモロコ
親魚30尾を試験捕獲し計測したところ、全長60mm・重量10尾で20gであった(fig.13)。
fig.13 ホンモロコ親魚の計測
【結果02 2008 production fish.】
●茨城県内水面水産試験場より下付され、2008年04月28日(月)に
試験池に収容した、産卵基質(キンラン)に産着された受精卵の内10粒を、
04月30日採取しビーカーに入れ室内放置の対照区とした。
翌05月01日、仔魚5尾ふ出・遊泳を確認した(別報・参考文献※08〜09)。
【考察】
●試験池への発眼卵収容以降は、ほぼ飼料投与のみの粗放的養殖にも
かかわらず、ふ化・仔稚魚の養成・親魚の越冬・産卵基質(キンラン)を浸漬することに
よる親魚の産卵誘導と種卵生産に成功したことは、尚、多くの改善点が想起
されるものの、当地におけるホンモロコの一貫した養成と安定供給に道を拓いたと言えよう。
●琵琶湖におけるホンモロコは
「十一月上旬になると、六〇メートル以深で越冬個体をとる底曳網漁業が
行われ、これが五月上旬までつづく。」(※01)
「冬季は30〜40m以深の深底部の底層にすみ」(※03)とされる。
試験池は(休耕田転用によるホンモロコ養殖に比し水深があり)2008年02月に全面結氷したものの、
2008年05月に親魚の産卵をみた。
越冬させ翌年に産卵用親魚を残すための水深条件は、2m(常用水深1.8m)で良いことが実証された。
●試験池に出現したプランクトン相は、後期仔魚の摂餌に不適当なサイズであり、初期減耗軽減のため、
(a)試験池における事前の初期生物餌料培養や、
(b)市販ツボワムシの投与、
(c)さらに粉状微粒子人工飼料の探索導入検討は今後の研究課題である。
琵琶湖におけるホンモロコ成魚は「浮遊動物とくにミジンコとハリナガミジンコを飽食する」(※03)とされるが、
試験池及び今後の養殖において、十分な量のプランクトン供給が望めない場合には、人工飼料に依存することになろう。
●既知の資料に比し、当地における養成魚が小型に留まっている主因は、投与飼料量によるものと推定される。
先人の知見では
「一方冬までの生長の悪かった個体は、越冬期の途中で蓄積エネルギーを使いつくしてしまい、
冬を越すことが困難になる。」(※01)
「2月から3月にかけて成長のわるい個体は死亡する」(※03)とされ、
越冬させ翌年に産卵用親魚を残すための成長条件を、秋までに体長7.5cm以上と目標設定し、
適正な給餌管理を行うための給餌率探索と実証、
投与飼料量の増加に伴う日間分割投与、一定期間毎に養成魚の取揚げによる全長・重量測定を通じた成長曲線の取得、
越冬させる産卵用大型親魚の秋季選別管理等は、今後の研究課題である。
●今回、養成魚の全量取揚げは実施していないため、全取揚げ重量等は不明である。
総給餌量20kgの飼料効率を50%とすれば、全取揚げ重量は10kgと推定され、試験池においては
1m2当たり(10kg÷30m2=0.33kg)0.33kgのホンモロコ1年魚を生産したと試算できる。
また数量は、全取揚げ推定重量10kg÷実測1尾平均重量2gから、5000尾となる。
●試験池の周囲に、牛久沼畔の大型両生類(ウシガエル)の侵入防止用
構造対策を検討すべきであろう。
●今後は、先進事例(※04〜06)を研究し、当地の環境条件に調和したホンモロコ養殖を目指したい。
【謝辞】
受精卵を下付されご指導を頂戴した茨城県内水面水産試験場関係者に感謝します。
また、ご配慮を賜った茨城県内水面漁業協同組合連合会にお礼申し上げます。
【参考文献】
※01 川那部浩哉(1974):ホンモロコ.川と湖の魚たち(中公新書183)7版.中央公論社.東京,pp.128−150.
※02 青柳兵司(1979):ホンモロコ.日本列島産淡水魚類総説(復刻版).淡水魚保護協会.大阪,pp.133−134.
※03 宮地傳三郎・川那部浩哉・水野信彦(1981):
ホンモロコ.原色日本淡水魚類図鑑(原色図鑑32)全改訂新版6刷.保育社.大阪,pp.174−177.
※04 滋賀県水産試験場(2007):「ホンモロコのふ化仔魚生産方法の改良」
※05 滋賀県水産試験場(2007):「天然ホンモロコの産卵時期と性比の関係」
※06 埼玉県水産研究所(2008):「ホンモロコの止水養殖技術」
※07 よしさん(2008):「ホンモロコの発眼卵(2007)」.亀山湖牛久沼ワカサギ情報.http://wakasagi.jpn.org/
※08 よしさん(2008):「ホンモロコふ出当日仔魚の頭部」.亀山湖牛久沼ワカサギ情報.http://wakasagi.jpn.org/
※09 よしさん(2008):「ふ出当日のホンモロコ仔魚(2008)」.亀山湖牛久沼ワカサギ情報.http://wakasagi.jpn.org/
【写真提供】
牛久沼漁業協同組合組合長 堤 隆雄様(fig.11-12)
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