観察検鏡し撮影した顕微鏡写真を、上記に示す(fig.01-fig.06)、なお背景のグリッドは100μm間隔である。
マツモの全長は63cm(fig.01)、茎の径は830μm(fig.06)、輪生葉の間隔は7・10・10・13・15・25・32mmであった(fig.01-fig.02)。
線状の輪生葉は各節に7・11・10・9・9個と不定であり、葉の長さは19・20・21mmで、
小羽片は内部に気泡を持ち(fig.05)、各裂片の外側に高さ300μmの刺状鋸歯(トゲ)を有し(fig.04)、先端の太さは100〜200μmの垂直切断形である(fig.03)。
茎は、中心部とその周囲に気道を持ち(fig.06)、全草の触感は想像するより堅く、ゴワゴワとし、花と果実は確認できなかった。
【考察】
マツモ科マツモ属マツモ Ceratophyllum demersum L. は、多年性の沈水性浮遊植物である(※07)。
松藻・金魚藻とも言われ、漢名は聚藻(後述)、英名は Common Hornweed, Coontail,等である(※04)。
輪生葉の間隔は0.5〜2.5cmとされるが(※04)、観察した個体では上述のように7〜32mmであった(fig.01-fig.02)。
また、「輪生葉は各節にふつう7〜10個」(※04)、「葉は5〜8(〜10)個が輪生し」(※07)、
とされるが、観察した個体では上述のように7〜11個であった(fig.01-fig.02)ことは、環境による変異であろうか。
マツモが池沼の底部に沈みきらず、水面下に浮遊(サスペンド)できる原因は、茎と輪生葉に空気を蓄える構造にあると
考えられる(fig.05-fig.06)。
絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト(一覧表)は、レッドリストと呼ばれる。
マツモは、環境省カテゴリーで無指定、千葉県レッドリスト(※08)でカテゴリーC要保護生物であり、
統一カテゴリーで絶滅危惧U類とされている。
従って、少なくとも千葉県内において、マツモは、どこにでも豊富にあり、誰からも注目されない存在である時代を過ぎ、
今や保護局面に転落した貴重種と、認識を新しくせねばならない。
次に、マツモの生態面及び利用面での、古い記録を調べて見る。
明の時代、1578(万暦06)年に成立したとされる『本草綱目』は、日本(長崎)へも輸入され、徳川家康の手を経て、
幕府の紅葉山文庫に架蔵されていることは、有名である。
その後、同書は国内でも相次いで出版され(いわゆる和刻本)、よしさん架蔵『本草綱目』(※01)もそのひとつである。
fig.07 よしさん架蔵『本草綱目』草部の「水藻」
『本草綱目』を、日本語に訳し、注を書入れた『頭註国訳本草綱目』(※02)の、草部の「水藻」に、2種が記述されている。
ひとつは、聚藻で、
和名きんぎょも(ほざきのふさも)・学名 Myriophyllum spicatum, L. ・科名ありのたふ科(蟻塔科)と、校註がある。
ふたつは、馬藻で、
和名えびも・学名 Potamogeton crispus, L. ・科名ひるむしろ科(眼子菜科)と、記載される。
考定者のひとり牧野富太郎博士は、「牧野曰ク、水藻ハ淡水中ニ生エル藻(も)ノ総称デアル。
集解ニ在ル両種ハ下ノ如キモノデアル。然シ馬藻ハ或ハ同属中ノ何カ別ノ種ノモノカモ知レヌガ、
今姑クえびもト定メ置クガ是レハやなぎもデハナイ。」と頭註に述べている。
集解に「時珍曰く、藻に二種あつて、水中に甚だ多い。水藻は葉の長さ二三寸、
両両相対して生える。即ち馬藻である。聚藻は葉が細くして糸のやう、また魚鰓(ぎょさい)などのやうなもので、節節に連つて生える。
即ち水■(すゐうん)であつて、俗に鰓草、牛尾■などいふはこれである。爾雅に『君(草冠に君・きん)は牛藻なり』とあり、
郭璞の注に『細葉、逢茸(ほうじょう)、糸の如くにして愛すべし、一節の長さは数寸、長いものは二三十節ある、即ち■である』と
いつてある。この二種の藻は共に食し得るが、薬に入れるには馬藻が勝れてゐる。左伝に『■繁■藻の菜』とあるはこのもののことである。」と見える。
さらに主治に蔵器を引いて「暴熱、熱痢を去る。渇を止めるにはもみ汁を服す。小児の赤白遊■、火炎熱瘡にはもみ瀾らして封ずる
」と記されている。
fig.08 よしさん架蔵『頭註国訳本草綱目』草部の「水藻」
水藻の図は、『本草綱目』(※01)と、『頭註国訳本草綱目』(※02)を比較すると、ほぼ同一であり、
図中、節に輪生する葉の数は、16・14・10等と、マツモより多く描かれている傾向にあるが、特徴は再現されている(fig.09-fig.10)。
fig.09 水藻の図『本草綱目』(左)と、fig.10 水藻の図『頭註国訳本草綱目』(右)
一方で、ほざきのふさも( Myriophyllum spicatum, L. )の特徴を『図説植物辞典』(※03)に探すと、村越三千男は
「一名きんぎょも 溝濆・池沼等ニ生ズル宿根水草デ、葉ハ小サク四片宛輪生、(以下略)」と記述し、図を添えている(118-119pp)(fig.11)。
fig.11 ほざきのふさも『図説植物辞典』
ほざきのふさもに輪生する葉の特徴は、節に四片であり、マツモに輪生する葉の特徴は、節に7〜10個(※04)、又は5〜8(〜10)個(※07)、
又は7〜11個(よしさん)であることが相違点となり、
今一度、『本草綱目』(※01)・『頭註国訳本草綱目』(※02)の図を見ると、描かれているのは、ほざきのふさもではなく、
マツモであることが判明する。
本文と図を検証し、牧野富太郎博士が聚藻に、ほざきのふさも( Myriophyllum spicatum, L. )を充てた理由は不明だが、
この同定が不適当であることは明らかである。
牧野富太郎博士は後年『学生版牧野日本植物図鑑』(※05)の「きんぎょも(ほざきのふさも)」(128pp,735項)、
及び「まつも」(260pp,1490項)に、上述の輪生する葉の特徴を描き分けた精密な植物図と説明を発表されている。
ともあれ、マツモは、中国大陸にも古くから分布し、生態が研究され、
蔵器が解熱剤・火傷の貼り薬と記す等、東洋医学・漢方分野の薬用植物のひとつとして、
1500年代以前より、利用されてきたことが解かる。
【参考文献(架蔵書)】
(※01)原著:李 時珍(1653,承応癸巳02年):『本草綱目』和本,武林錢衛蔵版,外題:新刻本草綱目,見返し:重訂本草綱目,
(※02)原著:李 時珍,監修校註:白井光太郎,訳:鈴木眞海(1930):「水藻」『頭註国訳本草綱目』第6冊,509-511pp,春陽堂(東京市),非売品,
本文は1637,寛永丁丑14年和刻本(京都)・図画は1653,承応癸巳02年和刻本(野田弥次右衞門版)を底本とする
(※03)村越三千男(1943):「ほざきのふさも」『図説植物辞典』.7版,118-119pp,中文館書店,東京,2円70銭.
(※04)大滝末男・石戸 忠(1980):「マツモ」.『日本水生植物図鑑』.86-87pp,北隆館,東京,\8240.
(※05)牧野富太郎(1988):「きんぎょも(ほざきのふさも)」「まつも」『学生版牧野日本植物図鑑』24版,128pp,260pp,北隆館,東京,\1854.
(※06)よしさん(1996〜2011):乾草沼「ザ・レイクチャンプ」http://lake-champ.com
(※07)角野康郎(2004):「マツモ」『日本水草図鑑』4刷,117-119pp,文一総合出版,東京,\15450.
(※08)千葉県(2004):マツモ「千葉県レッドリスト」植物編2004年改訂版,http://www.bdcchiba.jp/endangered/rdb-kaitei1/rdl_pl_2004.pdf,
(※09)よしさん(2011):「千葉県乾草沼の魚類餌料プランクトン(2011年夏季)」http://wakasagi.jpn.org/
(※10)よしさん(2011):「千葉県乾草沼の原生動物ツリガネムシ(動画)」http://wakasagi.jpn.org/
(※11)よしさん(2011):「千葉県乾草沼の原生動物バギニコラ属」http://wakasagi.jpn.org/
【注】
『本草綱目』(※01)、及び『頭註国訳本草綱目』(※02)、並びに『図説植物辞典』(※03)から本稿への、
写真複製・有線送信・本HP掲載公表(fig.07-fig.11)は、「ベルヌ条約」及び「万国著作権条約」並びに国内法「著作権法」を踏まえた合法行為です
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