検鏡し撮影した顕微鏡写真を、上記に示す(fig.01-fig.19)、なお背景のグリッドは100μm間隔である。
今回のプランクトン調査結果の優占種は、コシブトカメノコウワムシ(fig.08-fig.11)であった。
全体では、ミジンコ類7種・ワムシ類2種・原生動物3種等が確認された。
【考察】
湖の上層に淡水が、下層に海水(塩水)があり、一年中底部まで水が混合しない湖(二重底の湖)の例として、
西條八束先生は、三方五湖のひとつ水月湖(福井県)・上甑島の貝池(鹿児島県)を『小宇宙としての湖』(※08)に挙げている。
網走湖も二重底の湖で、1930年に高安三次技師・飛島貫治技師が「湖面ハ海面上約2尺ニシテ、従テ秋期ニ多キ海ノ
時化アル場合ハ網走河水ハ逆流シテ鹹水ヲ湖ニ運ブコトアリ。」と『水産調査報告第二十二冊』2pp(※01)に報告があり、
1995年に網走市教育委員会が発行した『網走川歴史紀行』,160-175pp,(※09)にも、その紹介が掲載されている。
高安三次技師・飛島貫治技師は『水産調査報告第二十二冊』(※01)の「わかさぎノ餌料」の中で、1926(大正15)〜1929(昭和04)年に至る10例の
網走湖産ワカサギ腸管内餌料観察報告を挙げている(31-32pp)。
10例の内、01〜02月の観察報告は1例で、「昭和4年2月5日網走湖ニテ採集セル全長7.6−11.0糎ノわかさぎ成魚30尾ノ
胃中ニ全ク餌料ナカリシモノ17尾、殆ンドナキモノ8尾、多少存在セルモノ5尾ニシテ、昆虫ヲ食セルモノ1尾、いさざヲ食セルモノ4尾ナリ、
而シテいさざハ孰レモ小形ナリ、時恰モ冬期ニ当ルヲ以テ索餌量ハ極メテ少ク、大部分ノ該魚ニ餌料ヲ認メザル点ハ前記各期節ニ比シ
著シク異レリ。」と記述されている(32pp)。
他の9例は、04〜09月の観察報告で、出現した餌料生物は、Cyclops sp・Daphnella sp・いさざ・Gammalus(よこのみ)・水棲昆虫・Anuraea sp(双翅類)・珪藻類
とあり(31-32pp)、概観すれば、いさざを主に、Cyclops sp・Daphnella sp(橈脚類)を加えた餌料生物群と見なせよう。
湖沼の氷の厚さについて、吉村信吉博士は『湖沼学・増補版』(※04)に、
「北海道の湖は内地よりは厚く 80cm以上のものがある。」とし、網走湖・84.5cm・1916年を挙げ(208-209pp)、
湖沼の結氷日数について、「網走湖の144日が最も長く、日光菅沼、赤城大沼がこれに次いでをり、(以下略)」とし、網走湖は
12月初旬から04月末まで結氷することを示している(212-214pp・114図)。
見学日の網走湖は、約40cmの厚みで全面結氷し、その上に積雪もあり、プランクトン採取はワカサギ氷下漁の網揚げ口
に張った薄氷を砕くことから始まった(fig.00)。
呼人半島北東側の該当地点で、水深5mの底に自作プランクトンネットを落し込み、垂直曳きでプランクトンを採取した。
比較的大型のミジンコ類の種類の豊富さと、小型ながら(仔魚・稚魚・未成魚・成魚の各成長段階に有効な)オールマイティーとも
言うべきコシブトカメノコウワムシ(fig.08-fig.11)の優占ぶり(抱卵個体が多い)の2点から、
見学日におけるワカサギの餌料プランクトン環境は、良好と考えられた。
1929(昭和04)年当時、数種の橈脚類を主体としていた餌料プランクトン相は、約83年を経た現在、
ミジンコ類7種・ワムシ類2種・原生動物3種等(本報)と多様化を許す状況にあり、さらに厳寒期においても繁殖可能な環境へと、
網走湖が変化したことを裏付けるものと考えられた。
1997年に、浅見大樹博士と西網走漁業協同組合川尻敏文技師が「網走湖産ワカサギ稚魚の胃内容物および摂餌日周性について」(※10)に報告され、
2004年に、浅見大樹博士が「網走湖産ワカサギの初期生活に関する生態学的研究」(※13)に、05月頃に多く観察されると述べられた
カメノコウワムシ(基本型)k.cochlearis 及び 汽水性のシオミズカメノコウワムシ k.cruciformis は未観察であった。
その主因は、発生の季節変動と採取地点の水深(ほぼ淡水ゾーン)によるものと思われた。
シジミ貝幼生 corbicula leana ・ユスリカ幼虫 chironomid も観察されなかった。
fig.20 網走湖のワカサギ(氷下漁の漁獲)
網走市観光協会が、2012年01月22日(日)開催した「第2回網走湖ワカサギ釣り選手権大会」は、50チーム150人が参加し、
優勝チームの釣果は870g、長さ11〜15.8cmと発表され(※15)、
一般遊漁者(釣り人)のワカサギ釣果は、「8〜10cm、30〜200匹、呼人・女満別の両地区とも好調に釣れている。」(※16)
と新聞報道されている。
氷下漁の漁獲写真(fig.20)からも判別できるように、網走湖のワカサギには大小があり、その原因は、
ワカサギの生活史に大きく支配されることが古くから推定され、研究されてきた。
1930年に、高安三次技師・飛島貫治技師が「本年孵化セルモノハ群ヲナシテ遊泳シツツ河岸ヲ下リ海口迄赴キ、此ノ附近ニテ或ル期間ヲ過シ
再ビ河ノ中流ヲ遡リ湖ニ戻ルト・・(以下略)」と『水産調査報告第二十二冊』21pp(※01)に、降海を論じた。
その後、1963年に、濱田啓吉博士が「ワカサギの生活」(※03)に、
1987年に、宇藤均先生・網走市坂崎繁樹水産部長が「網走湖産ワカサギの生活史 第3報降海及び遡河移動について」(※06)に、
1999年に、鳥澤 雅博士が「網走湖産ワカサギの生活史多型分岐と資源変動機構」(※11)で研究を進められる等、
今日では、湖内残留型よりも降海型ワカサギの方が大型になる傾向を示すことが解かってきた。
【謝辞】
プランクトン採取にあたり、漁場の利用を快諾された西網走漁業協同組合にお礼申し上げます。
また、有益な助言を頂いた、北海道立総合研究機構水産研究本部さけます・内水面水産試験場道東内水面
グループ真野修一研究主査に感謝します。
【参考文献(架蔵書)】
(※01)高安三次・飛島貫治(1930):「網走湖、塘路湖、小向沼」『水産調査報告 第22冊』,106pp,北海道水産試験場,札幌,正誤表
(※02)山元孝吉(1952):Keratella「日本陸水産輪虫類(7)」『陸水学雑誌』vol16(1),1952,24-30pp,
(※03)浜田啓吉(1963):「ワカサギの生活」『魚と卵』,18-19pp,
(※04)吉村信吉(1976):『湖沼学 増補版』校訂:西條八束,7+7+439+69+3+25pp,生産技術センター,\5500
(※05)猪木正三(1981):『原生動物図鑑』,講談社,東京, \25800
(※06)宇藤均・坂崎繁樹(1987):「網走湖産ワカサギの生活史 第3報降海及び遡河移動について」『北水試報』29,1-16pp,
(※07)坂田康一ほか(1990):網走湖『北海道の湖沼』,399-402pp,北海道公害防止研究所,札幌,
(※08)西條八束(1992):二重底の湖『小宇宙としての湖』,108-116pp,大月書店,東京,\1500
(※09)網走叢書編纂委員会(1995):『網走川歴史紀行』,160-175pp,網走市教育委員会,\1000
(※10)浅見大樹・川尻敏文(1997):「網走湖産ワカサギ稚魚の胃内容物および摂餌日周性について」『北海道水産孵化場研報』51,45-52pp
(※11)鳥澤 雅(1999):「網走湖産ワカサギの生活史多型分岐と資源変動機構」『北水試研報』56,1-117pp
(※12)水野寿彦・高橋永治(2000):『日本淡水動物プランクトン検索図説』,東海大学出版会(東京), \18900
(※13)浅見大樹(2004):微小動物プランクトンの水平分布「網走湖産ワカサギの初期生活に関する生態学的研究」第3章第1節1.2.table5, 15-23pp
(※14)北海道環境科学研究センター(2005):網走湖『北海道の湖沼』改訂版,26-31pp,北海道環境科学研究センター,札幌, \2370
(※15)網走市観光協会(20120122):「第2回網走湖ワカサギ釣り選手権大会結果」http://www.abakanko.jp/index.html
(※16)朝日新聞(20120203):「つり情報」北海道版13版24面
(※17)北海道新聞:(20120204)「全国一の受精卵供給基地で学ぶ会」北海道新聞社
(※18)よしさん(2012):「第16回ワカサギに学ぶ会参加報告」http://wakasagi.jpn.org/
(※19)よしさん(2012):「網走湖のワカサギ氷下漁見学」http://wakasagi.jpn.org/
(※20)よしさん(2012):「網走湖の植物プランクトン」http://wakasagi.jpn.org/
(※21)よしさん(2012):「分水嶺から網走へ」http://lake-champ.com
(※22)よしさん(2012):「氷雪の支笏湖をJeep Grand Cherokeeでドライブ」http://lake-champ.com
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