ヤブミョウガ・杜若・アオノクマタケラン考察 The Pollia japonica, Alpinia intermedia consideration. | ||
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「杜若」(本經上品)は、和名・あをのくまたけらん、学名・ Alpinia chinensis, Rosc. 、科名・しやうが科(薑科)
とされ、頭註に牧野富太郎博士は「牧野云フ、我邦ニテ杜若ヲ かきつばた(あやめ科)ニ充テシハ 大ナル誤デアツタ。
又之レヲ やぶめうが(つゆくさ科)ニ充テタノモ固ヨリ中ツテ居ナイ、又はなめうが即チ Alpinia japonica, Miq. トスルモ穏當
デハナイ」と述べている(fig.03)。 『頭註国訳本草綱目』は、漢文体で記述された『本草綱目』を和訳したもので、巻頭の第4冊例に「薬名標目下の和名・学名・科名の考定は牧野富太郎博士 が担当執筆されたものである」、「和名・学名・科・属の東西学説異同に関する考証に就ては、白井・牧野両博士いづれも 署名して鼇頭に執筆された。」と訳者鈴木眞海は記している。 『本草綱目』の「杜若」は、本邦において永らく、カキツバタ(アヤメ科)・ヤブミョウガ(ツユクサ科)・ハナミョウガ(ショウガ科) と取り違えられてきたが、1930(昭和05)年の『頭註国訳本草綱目』に至って、アオノクマタケラン(ショウガ科) Alpinia chinensis, Rosc. であると牧野富太郎博士によって考定され、同時に白井光太郎博士の考証を得たのである(青の熊竹蘭, 現在の学名は Alpinia intermedia Gagnep. )。
よって、すくなくとも、1930(昭和05)年の『頭註国訳本草綱目』以前の文献・資料中に「杜若」を見出す時、そこに表現された「杜若」は
本邦において現在言うところのアオノクマタケラン(ショウガ科)を指すことに特別の注意を要する。
『大和本草』(原著:貝原篤信)の成立・刊行は、1709(宝永06)年とされる。
現物・現場重視の貝原篤信(益軒)も、どうしたことか「杜若」を「ヤブミヤウカ」と取り違えている。
『本草綱目』(原著:李 時珍)の成立は、1578(明の万暦06)年、南京における初版上梓は1596(明の万暦23)年
と見られる。 fig.04 よしさん架蔵『本草綱目』の「杜若」図 |
「杜若」の出典に本經二品を引き、釈名・集解・修治・気味・主治・発明が述べられている。 本經二品とは『神農本草經』巻二の上品を指し、『神農本草經』巻二の上品に「杜若」の原文 「杜若,味辛,微温。主・・」のあることを示す。 『本草綱目』の釈名に、いくつもの別名を採ることから、『神農本草經』の時代(500年頃以前)から明(1578年)以前の 中国大陸において、「杜若」(和名アオノクマタケラン)が自生し、年代毎に或は地域(国)毎に呼称が相違していたものと思える。
『倭名類聚鈔』(原著:源 順)の成立は、927年と見られる。 fig.06 よしさん架蔵『倭名類聚鈔』の「杜■」部分
「杜■」に、フタマカミと読みが振られ、「蘇敬ガ本草注ニ云 杜蘇一名ハ 馬蹄香 和名布太未賀三」とある(fig.06)。
『本草和名』(原著:深江輔仁)の成立は、平安時代初期の892〜927年の間と見られる。 fig.07 よしさん架蔵『本草和名』の「杜若」部分
「杜若」の次の項「■(虫編+也)床子」(和名ヒルムシロ)に「出蘇敬注」と見える(fig.07)。
【02 現地調査】 | |||||||||||||||||||
fig.08 全草の状態 (撮影:2012年08月24日 馬捨場) |
fig.09 立面 (撮影:2012年08月24日 馬捨場) | ||||||||||||||||||
fig.10 花の状態 (撮影:2012年08月24日 馬捨場) |
fig.11 花と果実の状態 (撮影:2012年08月24日) | ||||||||||||||||||
fig.12 自生地の状況 (撮影:2012年10月02日 小谷津) |
fig.13 果実の状態 (撮影:2012年10月02日 小谷津) | ||||||||||||||||||
fig.14 果実の状態 (撮影:2012年10月06日) |
fig.15 種子の状況 (撮影:2012年10月06日) | ||||||||||||||||||
fig.16 種子顕微鏡写真 (撮影:2012年10月06日) |
fig.17 種子顕微鏡写真 (撮影:2012年10月06日) | ||||||||||||||||||
結局、ヤブミョウガ Pollia japonica Thunb. と確認できる古い文献は近現代のものに限られ、近世以前の本邦及び中国大陸の
古典籍には、よしさんの調査した範囲においてヤブミョウガは登場しないようだ。 アオノクマタケラン Alpinia intermedia Gagnep. (漢名杜若)は、国内分布の大勢及び温暖化傾向から、将来伊豆・房総エリア で発見される可能性もあろう。 牧野富太郎博士の著書『学生版 牧野日本植物図鑑』(※08)326ページの1870「やぶみょうが」 部分を引用し、ヤブミョウガのまとめとする。 やぶみょうが Pollia japonica Thunb. [つゆくさ科] 中部以南の林ややぶにはえる多年草。根茎は白色で横にはう。茎は直立し高さは50〜70cm。 葉は互生し、表面は暗緑色、裏面は淡色。夏に茎の先から細い花柄を直立し、頂に5〜6層をした 白色の小花を円錐花序につける。外花被片は丸く肥厚し、内花被片の質は薄い。おしべ6。 日本・台湾・朝鮮・中国南部の樹下の湿った場所に生え、雄蛇ケ池(千葉県東金市)では海抜17〜20m附近に自生する。 球形果実ははじめ白緑色(fig.11)、のち青黒色となり、直径は5〜7mmである(fig.13-15)。 果実の皮は薄く、中は3区画に分割され、それぞれの区画に不定形で1〜2mmの種子が組み合わされ密着するように 収納され、観察事例における種子の合計は19ケであった(fig.15)。 種子の表裏面は凹凸があり、全面に微細な半球状突起がある(fig.16-17)、と補足しておく。 | |||||||||||||||||||
【ヤブミョウガ・アオノクマタケラン レッドリスト】 絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト(一覧表)は、レッドリストと呼ばれる。 ヤブミョウガ及び脱線ついでにアオノクマタケランのレッドリストを表01に示す(table.01)。 | |||||||||||||||||||
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【参考文献(よしさん架蔵書)】 (※01)原著:深江輔仁,編纂:正宗敦夫(1928):「杜若」『本草和名』上巻,第七巻草上(之下)三十八種,影印復刻版,再版,日本古典全集刊行会(東京府北豊島郡),非売品 (※02)原著:源 順,校訂:那波道円(1648,慶安戊子元年):「杜■」『倭名類聚鈔』和本,巻之廿,十九丁表,渋川清右衛門,外題:和名類聚鈔, (※03)原著:李 時珍(1653,承応癸巳02年):「杜若」『本草綱目』和本,草部十四巻,武林錢衛蔵版,外題:新刻本草綱目,見返し:重訂本草綱目, (※04)原著:貝原篤信(1709):「杜若」『大和本草』和本,卷之八(草之四)芳草類22丁表裏,http://www.lib.nakamura-u.ac.jp/kaibara/yama/pdf/y09.pdf (※05)監修校註:白井光太郎,訳:鈴木眞海(1930):「杜若」『頭註国訳本草綱目』第4冊,466-469pp,春陽堂(東京市),非売品, (※06)松井安次郎(1935):「杜若」『薬艸綱領』.2版,127pp,薬石新報社(大阪市),5円 (※07)村越三千男(1943):「ヤブミョウガ」『図説植物辞典』第7版,328-329pp,中文館書店,東京,\2円70銭. (※08)牧野富太郎(1988):「やぶみょうが」『学生版牧野日本植物図鑑』24版,326pp,北隆館,東京,\1854. (※09)よしさん(1996〜2012):雄蛇ケ池「ザ・レイクチャンプ」http://lake-champ.com
【注】 | |||||||||||||||||||
現地撮影:2012年08月24日(金),2012年10月02日(火) 種子顕微鏡撮影:2012年10月06日(土) 発表:2012年10月25日(木)前・牛久沼漁業協同組合顧問よしさん |